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名古屋高等裁判所 昭和51年(ラ)112号 決定 1977年1月28日

抗告人

山川聖一

相手方

山川祐子

右代理人

窪田稔

主文

原審判を取消す。

本件を津家庭裁判所に差し戻す。

理由

抗告人は「原審判を取り消し、さらに相当の裁判を求める」旨申立てた。

記録によれば、抗告人と相手方間の津家庭裁判所昭和五一年(家イ)第二四四号、第二四五号離婚等、物件引渡調停事件につき昭和五一年一一月一日調停成立し、抗告人と相手方とは何日調停離婚する。抗告人は相手方に対し離婚に伴う財産分与および慰藉料として金一〇〇万円を同日支払うことその他を合意し、なお「当事者双方は以上をもつて本件(離婚および物件引渡調停事件)は円満解決したものとし、上記約定の他名義のいかんを問わず金銭その他一切の請求をしない」旨の調停条項が定められたことが認められる。

抗告人は右条項によつて当事者間の婚姻費用の分担についても一切解決する旨の合意が成立したと主張するけれども、かかる合意が成立した趣旨とは解されない。却つて相手方審尋の結果によると、本件婚姻費用の分担については、抗告審に係属中であることを特に考慮して、これを合意せず除外したことが認められる。

ところで前認定の事実によると、抗告人と相手方とは相手方のなした婚姻費用分担請求についての原審判が確定しないうち前記調停により離婚したものであるが、抗告人と相手方とが婚姻中抗告人の分担すべきであつた婚姻費用の分担割合、分担額を定めることは家庭裁判所の専権に属するところであるから、相手方の本件婚姻費用分担請求権は消滅したと解すべきではない。

そこで原審判の当否について検討する。

夫婦は相互に協力扶助する義務を負つており、この義務が夫婦法定財産制の下における婚姻費用の分担となつてあらわれてくるのである。そして、婚姻費用とは夫婦と未成熟子を中心とする婚姻家族が、その財産、収入、社会的地位に応じて共同生活を保持するに要する費用をいうものと解される。

右の点に関して原審判は「…満二〇才に達した者の生活は親として一切扶養の義務がないのだとしたら、社会的に多数存在するそのような自活能力のない成年子の生活は一体誰がどのように維持すべきことになるのか理解しがたいものといわざるを得ない。未成熟子とは未成年子というのと同義ではなく、より正確には夫婦たる親の支配に服しつつ婚姻共同体の中に包摂され、社会的に独立した一個の存在として自活するに足る能力を備えていない子という意味である。」と説示して、まず長女の結婚費用及び二女の大学の学費が抗告人と相手方夫婦の婚姻費用であるとして抗告人にその分担を命じている。

しかして原審判が説示したように未成熟子の中に婚姻家族における無資産、無収入の成年に達した子も含まれ、また右の長女の結婚費用二女の大学の学資が抗告人と相手方夫婦の婚姻費用となると解する余地はあるけれども、その範囲は抗告人相手方夫婦の資産、収入、社会的地位に相応した通常考えられる範囲内のものに限られると解すべきである。

右の見地に立つて本件をみると原審が認定した長女の結婚費用は記録中の調査報告書及び相手方が提出した計算書によると、右の婚姻費用に含まれるか否か不明なものがあると考えられる(例えば、ステレオ、エアコン、ピアノ等いわゆる奢侈品と考えられるものに要した費用)。したがつて右の結婚費用についてはその範囲を具体的に審理確定することが必要である。

更に二女の大学の学資にしても、抗告人相手方夫婦の子として大学に進学することが相当であつたか否か、について原審は何ら判断していない。仮にこの点はしばらく措くも右の学資についても本件の婚姻費用となり得るものの範囲について具体的に審理確定することが必要である。

次に原審は、昭和四〇年から過去一五年をさかのぼつてその間の生活費について抗告人にその分担を命じている。

しかし、家庭裁判所は過去にさかのぼつて婚姻費用の分担を命ずることができるけれども、その限界は、一般の扶養の場合と同じく、請求があつた時までとするのが相当であり、それ以前の分は婚姻費用としてさかのぼつて分担を命ずることはできないと解するのが相当である。

してみれば原審判は、婚姻費用の範囲についての認定判断に誤があるものというべきであるから、取消を免れない。

よつてこの点について更に審理をつくさせるため家事審判規則一九条一項を適用して主文のとおり決定する。

(丸山武夫 杉山忠雄 高橋爽一郎)

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